ロイヤルカスタマーと言えば、一般には、企業やその商品/サービスに忠誠心の高い顧客のことを意味する。しかし、大手流通企業で新規事業開発に携わった経験を持つ法政大学 経営学部 教授の西川英彦氏は、「ロイヤルカスタマーは、企業からユーザーエクスペリエンスを提供されるだけの受動的な存在ではありません」と指摘する。自らの経験を活かして、企業とともにアイデアを創出&評価する“共創”する存在になっていると説明する。
例えば、カスタマーと一緒に製品を作るWebサイトとしてデンマークの玩具会社のレゴが運営している会員数50万人の「LEGO IDEAS」がある。誰でもアイデアを投稿でき、1万人が賛同するキットであればレゴが製品化を検討するという仕組みだ。「レゴにとっては、新しい製品が生まれることだけでなく、大人になっていったん離れた顧客が戻ってくることが重要な意義になっています」と西川氏は語る。
また、西川氏が良品計画勤務時代に手がけた「無印良品 体にフィットするソファ」も約1300人のカスタマーの声から生まれた商品である。「良品計画の管理職による評価では、カスタマーのアイデアで生まれた商品は、社内の専門家が作った商品に比べて、新規性で1.7倍、戦略的重要性で1.4倍、高いことがわかりました」と西川氏は指摘する。市場での成果も、カスタマーの声から生まれた商品は初年度で3.6倍、3年間で5.5倍になるという。
しかし、そうしたイノベーションを起こせるカスタマーをアンケートやモニター調査などで探すのは難しいと西川氏は語る。まず、そもそもの人数が少ないのである。ある調査によれば、日本のユーザーイノベーターは対人口比3.7%の390万人。英国でも同6.1%の290万人、米国でも同5.2%の1,170万人にとどまる。このようなユーザーイノベーターは年間12万円(日本)から14万円(米国、英国)を新商品開発に投じているものの、その結果が受け入れられる割合は英国でも17%。米国では6%、日本では5%と低いのである。
それでも、医療や子供用品などでは、必要に迫られた消費者が自ら商品開発に踏み出す例も多い。西川氏は「医療分野で患者がユーザー起業家になるのは、医療メーカーが収益を見込めないくらい患者数がきわめて少ない場合や日常生活に大きな支障がある場合などです。一方、子供用品では両親や祖父母による起業も目立ちます」と調査結果を示したうえで、ユーザーイノベーターに運良く出会った企業は「共創」によって新商品開発を手助けすることが望まれると語る。
共創で手助けするのに適した仕掛けとして西川氏が挙げたのは、「ツールキット」である。通販メーカーのフェリシモの「生活雑貨大賞」では、カタログにアイデア投稿用の「プランニングシート」というツールを印刷。このシートにそって記入すれば商品企画書になるという仕掛けだ。優れたアイデアには賞を贈って商品化しているという。
また、ユーザーイノベーターとの共創は、消費者のロイヤリティを高めるのにも効果がある。「ラベル効果といって、消費者は自分たちと一緒に何かに取り組む企業に好意を持つことが知られています」と西川氏。商品の特性にもよるが、デザインや選択にユーザーがかかわることによって購買意向やロイヤリティに違いが出てくると説明した。
「ただし、ロイヤルカスタマーと商品開発することは問題もあります」と西川氏は語る。ロイヤルカスタマーの集団は同質性が高くなる可能性があり、良い解決策を生み出すための鍵となる多様性を見込めないという。この同質性問題を克服するための仕組みとして、西川氏は、衆知をビジネスに活用するクラウドソーシングの利用を推奨する。すでに、クラウドソーシングのWebサイトも運用されて成果を上げているという。
(講演録)西川英彦「ロイヤルカスタマーと共創する意義」『日経ビジネス経営課題解決シンポジウム 自社のロイヤルカスタマーの育成を探る − 顧客創造の最前線』2014年12月9日、ベルサール九段