【図・写真】代替財として後発参入しヒットしたセイコーエプソンの「TMー930」
競合の活用――。競合など存在しないに越したことはないと思われるかもしれない。だが、競合をうまく活用すれば、ヒット商品につながる可能性をもつ。先週に続いて、そのケースをみていこう。
今回取り上げるのは、競合の補完財として先発参入した経験を生かし、代替財として後発参入しヒット商品となったセイコーエプソンのPOS(販売時点情報管理)用レシートプリンター、「TMシリーズ」のケースである。全米の銀行窓口やグローバルに展開する大手小売業に導入され、世界で45%のシェアを握る(エプソン調べ)。
1970年代後半、IBMやNCRなどの専用POSメーカーは、小売業界に売上分析ができるPOSシステムを販売。エプソンはこの製品にレシートを印刷するミニプリンターのメカニズムを供給した。小売業界の情報化は加速したが、当時のPOSシステムは専用コンピューターを必要とし、高額で普及するには至らなかった。メーカー各社はそれぞれ独自仕様で製品を作り込んでいたため、小売業は小さな仕様変更も容易ではなかった。
常時稼働する機器にもかかわらず、現金を収納するドロワーやモニター、プリンターのどこかが壊れると修理に出さなければならない不便さもあった。小売業が他社に乗り換えるにはPOSシステムの資産を全て変えなければいけないという障壁もあった。まさに、POS専用メーカーは囲い込みを実施していた。
このように、先発企業は新市場を創造し、POSシステムの認知を高めた。エプソンは先発企業の重要な部品業者として、小売業のニーズや要求される品質水準を学習していった。
こうした中、市場ではパーソナルコンピューター(パソコン)が普及。基本ソフトもウインドウズで標準化され、手の届く価格帯になってきた。それに呼応するようにパソコンを中心に、プリンターやドロワーなどの周辺機器を自由に接続できる「PC―POSシステム」のコンセプトが生まれてきた。
このコンセプトに早くから注目したエプソンはPOS専用メーカーに供給するビジネスから、完成品プリンターを販売するビジネスへと転換。ミニプリンターの技術を生かしたPCーPOS用のプリンターの開発に取り組み、そこから87年にTMシリーズが生まれた。
90年には、周辺機器との接続方法の標準化を進めるため、後に業界標準となるPOSプリンター制御用コマンドを搭載したTM―930を発売。システム会社とも提携し、小売業へのPC―POSシステムの普及に力を入れた。
TM―930は92年、当時米小売業トップのシアーズに採用され、大きく躍進。PC―POSシステムも一気に普及した。その勢いは米国にとどまらず、欧州やアジアにも波及。PC―POS用プリンターの需要も急速に広がり、エプソンをPC―POS用プリンターのリーディングカンパニーに押し上げた。一方、初期のPOSシステムは淘汰されたのである。
このように、代替・補完関係に変化が起こり得る市場においても、競合を生かした戦略を考えてみることは意義があるだろう。
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【代替・補完】補完は洗濯機と洗剤のように相乗効果を生む関係。代替は洗濯機とクリーニングのように競合となる関係だ。だが、前者も洗剤の要らない洗濯機ができれば代替関係になり、競合製品同士もセットで新たな価値が生まれれば補完関係にも変わる柔軟な関係だ。
西川英彦(2015)「競合の活用(下)法政大学経営学部教授西川英彦氏 ― 部品業者、完成品で花開く(日経MJヒット塾)」『日経MJ』2015年4月13日付け、p. 2