column 2015.3.19

「成功モデル見直し ― プリンターあえて大型タンク:セイコーエプソン(西川英彦の目)」『日経産業新聞』

 替え刃モデル――。かみそり本体の価格を低く設定し、消耗品である替え刃でもうけるというビジネスモデルだ。ゲーム機や携帯電話など多くのビジネスで採用されてきた。このビジネスモデルの見直しが、新市場創造の可能性を持つ。その好例がセイコーエプソンのビジネス向けインクジェットプリンター事業だ。

 同社は中国や東南アジアなどの新興国のビジネス向けに、大型インクタンクを外付けした一体型プリンターを2010年に発売した=写真。価格は以前の機種に比べ約3倍だが、約10倍の枚数が印刷できるため、印刷コストを抑えられる。インクの再補充も可能だ。

 そもそも同社は、先進国の消費者向けプリンターを新興国のオフィス向けに販売していた。プリンター本体を安く売り、自社の交換インクを使ってもらうことで利益をあげるモデルだ。

 だが、交換インクの販売店が少ない上、顧客にとってインク代が負担となっていた。このため00年ごろから、本体からインクの管を引き出し、大型タンクを取りつける改造が横行し、同社の収益を圧迫した。違法行為を見つけて訴えてもイタチごっこであった。

 そこで大きく発想を転換、現地のニーズに対応した大型タンクをつけたモデルを開発した。「改造の手間や費用がかかるなら、最初から付属していた方が良い」と顧客からも好評で同社の業績改善に貢献した。

 日本でも異なる手法ながらビジネス向けに大容量インクパック内蔵型のプリンターを10年に投入した。複合機のスキャナー部分を取り除き、洗剤の詰替用容器のような形状の大型インクパックを収めた。A4判カラー片面で約8千枚を印刷できる。もちろん、再補充サービスも用意した。

 これが新しい価値をもたらす。カートリッジ交換式のプリンターに比べると、カートリッジの生産から廃棄までのライフサイクル全体の二酸化炭素(CO2)排出量を96%削減できた。この環境負荷の軽減も顧客企業から評価された。

 同社はさらに、大容量インクタンクを備えた複合機のリースサービス「スマートチャージ」を14年8月から始めた。月額1万円(税別)からの定額方式で、インク補充や保守サービスが含まれる。タンクの容量は約7万5千枚の印刷をまかなえるといい、同社の補充作業も軽減できる。

 当たり前のビジネスモデルの見直しが、新市場の連鎖的な創造をもたらす。(法政大学経営学部教授)

西川英彦(2015)「成功モデル見直し ― プリンターあえて大型タンク(西川英彦の目)」『日経産業新聞』2015年3月19日 付け、p.15