新市場の創造には、市場の流れに乗りつつ、新しい価値を提供する「創造的適応」が重要である。その好例が、若年層女性の流行をSNSで捉え、「アイドル前髪」市場を創造した花王の事例だ。
市場の流れとして同社が注目したのが、韓国アイドルの透け感のある前髪が人気なことなどを受けて重要性が高まっている「前髪アレンジ」だ。前髪はスマホアプリで加工しにくく、「前髪を崩したくない」という投稿がSNSで急増していた。
こうした中、指原莉乃さんや美容系のアカウントで、花王のヘアスプレー「ケープ」の中でもキープ力の高い「黒ケープ」(ケープ フォーアクティブ)=写真左=が、「前髪最強キープ」とアイドル界で熱いことを投稿し、話題となった。若年層を中心にこの製品の売り上げが拡大した。
さらに前髪が「崩れない」から「動かない」へ、より強いキープ力を望む投稿が増え、スプレーに加え、小型ブラシで塗るヘアマスカラ型のスタイリング剤を併用する割合が高まっていた。しかし既存商品はブラシ幅が広めで、前髪全体に液が付いてしまう課題があった。そこで花王が新しい価値を提供する商品として2023年11月に出したのが、ピンポイントで前髪をキープする「前髪特化型ヘアマスカラ」=写真中=だ。SNSで話題となり、売り上げは目標の約3倍になった。
同社はもう1つの動きも捉えた。TikTokで中国のインフルエンサーの髪をサラサラにする動画が拡散。そこで皮脂でベタついた前髪を瞬時にサラサラに復活できる「リーゼ前髪リセットパウダー」=写真右=を開発した。
ただ、SNSを基に製品を出すと競合品が出ることも多く、流通と組んでしっかり育成することが重要と判断。ドラッグストア2社限定で23年5月より先行販売し、好評だ。アイドルの前髪をまねる流行が製品市場としても確立しつつある。
では、創造的適応は何から始めればよいのか。近年はSNSの継続的な観察が不可欠だ。同社ブランドマネージャーの大島弥生氏は毎日2時間はSNSを探索するという。
(法政大学経営学部教授)
西川英彦(2023)「「アイドル前髪」市場創造 SNSを観察、即座に製品化(西川英彦の目)」 『日経産業新聞』2024年2月2日付け、p.9.