column 2021.9.17

「ビールでストーリー追体験 ― 顧客との共創、新形態:ホッピンガレージ(西川英彦の目)」 『日経産業新聞』

 モノからコトへ。顧客に提供する価値は製品からその利用体験に移っているが、顧客との共創でも顧客体験が開発の鍵となりうる。好例がサッポロビールが2018年に開始した「ホッピンガレージ」のケースだ。

 そもそもは、モノの新製品開発を目指したプロセスであった。まず顧客から飲みたいビールの企画案を収集する。審査を経てアイデアが採用されると、顧客とブリュワーとの開発会議を経て約2カ月後、ビールが完成する。ビール好きのいるコミュニティー上で、リアルでのイベントを告知し、試作品のビールで乾杯する。評判が良ければ、極小ロットで商品化し、ネット販売するという流れだ。

 こうして20品目の試作品が開発され、「もぐもぐして探検するハニー」や「おつかれ山ビール」など、名前を見ただけで独自性を感じる9品目のビールが商品化された。

 同社の土代裕也シニアマネージャーは、顧客との共創を通じて提供できたものは、「ビールではなく、顧客の人生ストーリーを深く味わいながら飲めるというビール体験である」と気づいた。さらに新型コロナウイルス禍でリアルの試飲のイベントは難しい。

 そこで21年4月より、開発プロセスを大きく変更した。企画案に代わりにビールにしてみたいストーリーを送ってもらい、自前のラジオ=写真=で語ってもらう。視聴者の「いいね」数などをもとに共感されるストーリーを抽出し、顧客との開発会議を経て、ストーリーを追体験できるビールをつくるという流れだ。製品は隔月の定期便としてネットで直販する。

 特筆すべきは、ラジオの採用である。語る方も聴く方もラジオという媒体がストーリーを共有しやすい。ラジオはユーチューブなどでも公開し、記事として「note」でも発信して、コミュニティーづくりにつながる。

 もう1つが定期便の採用だ。定番と新作がセットで直販される。都度販売ではなく、コミュニティーに定期販売することで安定生産が可能になる。成果はこれからだが、顧客との共創の新しい形になる可能性があり、目が離せない。(法政大学経営学部教授)

西川英彦(2021)「ビールでストーリー追体験 ― 顧客との共創、新形態(西川英彦の目)」 『日経産業新聞』2021年9月17日付け、p.1 1.