paper 2011.12.22

「ユーザー・イノベーション」『一橋ビジネスレビュー』

 ユーザー・イノベーションとは

 文字どおり「ユーザー・イノベーション」とは、ユーザーが行う製品やサービス開発などのイノベーションのことである。ここでいうユーザーとは、個人ユーザー(消費者)か、ユーザー企業かを問わない。近年、こうしたユーザー・イノベーションは、経営を考える上で無視できない重要な概念となっている。
 何百年もの間、世間一般にも、そして研究の世界においても、イノベーションはメーカーが行うのが当然だと信じられていた。つまり、イノベーションを生み出すのはメーカーであり、それを使うのがユーザーという位置づけであった。そもそも製造する者を意味する「メーカー」という言葉や、使用者を意味する「ユーザー」、あるいは消費する者を意味する「消費者」という言葉を見ても、それぞれの役割の前提を示していたといえる。
 だが、こうした前提とは異なる現象、すなわちユーザー・イノベーションの存在を示す研究が出てきた。その最も古い事例としては、1776年にアダム・スミスが示した消防車の消防装置に関するユーザー・イノベーションが挙げられるだろう。その後1960年代には、ユーザー・イノベーションの存在を示す根拠となる、いくつかの研究が登場した。
 こうしたなか、1970年代には、MIT教授のエリック・フォン・ヒッペルによる、イノベーションにおけるユーザーの中心的な役割に焦点をあわせた最初の研究が行われた。彼は、科学装置市場における111のイノベーションの分析を通して、ユーザー企業がメーカーに比べてイノベーションの源泉となりうることを示した。彼の研究がきっかけとなり、その後、ユーザー・イノベーションに関する多様な研究テーマが生まれることとなる。研究と呼応するように、社会においてもユーザー・イノベーションは広がりを見せていた。いくつかの実証研究を通して、ユーザー・イノベーションが、産業財市場だけでなく、消費財市場における複数の製品市場においても、めずらしい出来事ではないことが明らかになった。

ユーザー・イノベーションの驚くべき実態

 こうしたなか、フォン・ヒッペルと小川進、ジェローン・デジョンによって、消費財市場におけるユーザー・イノベーション、すなわち消費者イノベーションの実態に関するイギリス・アメリカ・日本を対象とした体系的な実証研究が行われた。消費者イノベーターの割合(18歳以上の人口のなかでの割合)は、イギリスで6.1%、アメリカで5.2%、日本で3.7%であった。そこから規模を推定すると消費者イノベーターの数は、イギリス290万人、アメリカ1170万人、日本390万人となる。それらの消費者がイノベーションに費やしたR&Dの平均年間支出(開発日数から計算した費用と、ポケットマネーの合計)は、1人当たりイギリス14万円、アメリカ14万円、日本12万円であった。これだけを見ると、決して大きな数字には見えないかもしれないが、消費者イノベーターの年間支出の総計を計算すると、イギリス0.42兆円、アメリカ1.62兆円、日本0.46兆円となり、消費財市場における国内企業のR&Dの支出と比べてみるとイギリスで144%、アメリカ33%、そして日本13%であり、国によって差があるとはいえ、無視できない重要な研究開発の資源になっていることがわかる。
 しかも驚くべきことに、ほとんどすべての消費者イノベーターが、自ら開発したイノベーションに、知的財産権を主張していなかったという。つまり、企業は消費者イノベーションを自由に利用できるのである。だが、調査によると実際には企業で利用されているとはいえず、まさに大きな研究開発の資源が眠っている状態である。

ユーザー・イノベーションの活用

 では、未知なる大きな研究開発資源でもあるユーザー・イノベーションを、企業はどのように活用したらよいのだろうか。その活用法としては、リード・ユーザー法と、クラウドソーシング法が挙げられる。
 まずリード・ユーザー法とは、リード・ユーザーによるアイディアをベースにして製品開発を行う手法である。この手法を利用した3Mでは、伝統的な開発手法を上回る効果を発揮していた。フォン・ヒッペルによると、リード・ユーザーとは、重要な市場動向の最先端に位置し、自らのニーズを充足させる解決策(イノベーション)から高い効用を得るユーザーのことである。さらに、大部分のユーザー・イノベーション(なかでも商業的に魅力の高いイノベーション)は、リード・ユーザーの特徴を備えたユーザーによって開発されていたという実証研究もある。
 だが、リード・ユーザーの探索は容易ではない。なぜなら、ターゲットとなる製品市場でのリード・ユーザーは、先に見た全製品市場での消費者イノベーターのなかから、さらに絞り込まれた少ない数になるからである。そのため、探索の仕方としては、「ピラミッティング」と呼ばれる手法が利用される。それは、リード・ユーザーの構造が、ピラミッドの形のように、先端性が高くなるユーザーほど、人数が少なくなると想定されるからである。具体的には、ターゲット市場のリード・ユーザーに、自分より先端にいるリード・ユーザーを推薦してもらい、それを繰り返し続けて探索することが行われる。それは、特定の話題や分野に強い関心のある人は、より専門性の高い人々を知っているという推定のもとに実施される。
 次に、クラウドソーシング法とは、「群衆」(crowds)によるアイディアをベースにして製品開発を行う手法である。それは、ワイアード誌の編集者ジェフ・ハウによって名づけられた。消費者イノベーター(リード・ユーザーを含む)だけでなく、より多様で多数のユーザーが参加することが特徴となる。この手法を利用したインノセンティブでは、20万人からなる群衆が、P&Gやデュポンなどの企業が悩んでいる科学的課題の30%の解決を行っていた。こうした課題を解決できる確率は、専門とは異なる分野の課題に取り組んだユーザーのほうが多かったという。このような多様性が、有効性のカギであるといわれている。そのため、探索の仕方としては、インターネットを通して、放送のように多様な多数のユーザーに告知し、ユーザーが自由に参加できる「ブロードキャスティング」という手法が利用される。実際に、こうしてクラウドソーシング法を利用した無印良品では、伝統的開発手法に比べて高い成果をあげ、初年度の平均値で比べると、3.8倍もの年商を達成していた。
 これからの社会において、インターネットのさらなる発展や、グローバル化に多くの企業が活用を増やしているなか、ユーザー・イノベーションは、経営を考える上でますます重要な概念となっていくだろう。一方、ユーザーの立場で見ても、自らのイノベーションが企業や社会に貢献できる機会が増えるのは、個人としてもうれしいことではないだろうか。

西川英彦(2011)「ユーザー・イノベーション」『一橋ビジネスレビュー』第59巻第3号, pp. 122-123, 2011年12月22日