POSレジで購買データを取る小売業は多い。だがそれに至るまでの購買プロセスの理解こそが、新たなマーケティング機会の可能性を持つ。その好例が、ディスカウント店大手のトライアルホールディングス(福岡市)のITを駆使した「スマートストア」のケースだ。その最新店舗が昨年4月に改装された福岡県新宮店である。
まず、端末付きの「スマートカート」=写真=が、顧客の店内の回遊行動や購買行動(キャンセル行動も)を把握できる。顧客は、カートの機器で商品のバーコードを読み取り、プリペイドカードで支払いができる。店内レイアウトや棚割の改善が可能だ。
それだけでなく、読み込んだ商品に合わせて、画面にお勧め商品をポイント付きで表示でき販売促進機能も持つ。競合商品を多めのポイントで表示して、スイッチングを誘発することも可能だ。トライアルHDの西川晋二副会長は「スマートカート利用後3カ月間と、利用前3カ月間を同じ顧客で比較すると平均5・4%購入金額が上昇している」と説明する。
さらに、店内には1500台の人工知能(AI)カメラが設置される。棚の状況を把握し、欠品が起きそうだとアラートを店員に知らせる。単に欠品だけでなく、商品ごとの特性も把握できる。バナナなど青果は盛った感じがなくなると売上高が止まるという。
もう1つのAIカメラは棚の上に設置され、個人を特定しない形で顧客の行動データを収集・分析する。顧客がどの棚の商品に触れ、どの商品を購入したのかが把握できる。購買プロセスが把握でき、同社が棚割に活用するだけでなく、メーカーにとっては商品改善の大きなヒントとなる。
こうした効果だけでなく、近年注目される無人レジによる省人化や、棚出し作業の効率化を可能とし、運営コストを下げる。「今年度、福岡・佐賀県の60店舗のスマートストア化を目指す」(西川副会長)と、同社は本格的に拡大していく。
新たなマーケティング機会をもたらす購買プロセスのデータは、小売業とメーカーとの新たな協業関係を構築するだろう。(法政大学経営学部教授)
西川英彦(2020)「トライアルのスマートストア ― 購買プロセスを把握(西川英彦の目)」 『日経産業新聞』2020年1月10日付け、p.12.