column 2015.3.5

「電子書籍を店頭販売 ― 代替から補完、新市場に:今井書店(西川英彦の目)」『日経産業新聞』

【写真】本の学校今井ブックセンター(著者撮影)

【写真】本の学校今井ブックセンター(著者撮影)

西川英彦(2015)「電子書籍を店頭販売 ― 代替から補完、新市場に(西川英彦の目)」『日経産業新聞』2015年3月5日 付け、p.15

 代替から補完へ。関係性の転換が新市場創造の可能性を持つ。その好例が、鳥取、島根両県で地域最大規模の20店以上を展開する今井書店グループ(鳥取県米子市、田江泰彦社長)による電子書籍の店頭販売だ。

 今井書店は、出版関連の業界団体などでつくる日本出版インフラセンター(JPO、東京・新宿)を中心とする「書店における電子書籍販売推進コンソーシアム」に参加、大型書店と共に2014年6月からの実証事業に取り組んだ。

 このプロジェクトでは、電子書籍を「カード」として店頭で陳列販売する=写真。購入客はカード裏のQRコードをスマートフォン(スマホ)で読み取るかアドレスを入力して、凸版印刷子会社のブックライブ(東京・台東)、もしくは楽天が運営する電子書店を選び接続。カード裏の番号を入力すると、電子書籍をダウンロードできる仕組みだ。販売手数料が書店の収入となる。

 今井書店では、実際の書籍を見本として、カードと並べた。それが、リアル書籍も売れるという意外な相乗効果をもたらした。

 見本を置いたのは、カードには数行しか本の内容が記されておらず、顧客には中身がよく分からないためだ。「隣に紙の本があれば中身を確かめられると同時に、両方の良さを比べた上で選んでもらえると考えた。すると、実際の本もそこで売れるようになった」(田江社長)という。

 その結果、紙の本は見本という位置付けではなく、購入してもらえるように何冊も置くようにした。さらに、この取り組みがシニア市場の再創造につながる。

 シニア層には、老眼で活字が読みにくかったり、ハードカバーの重さを負荷に感じたりして、読書から遠ざかる人も少なくなかったという。簡単に表示を拡大でき、携帯にも便利な電子書籍を知り、「『これで読書を続けられる』と喜んでもらっている」(同)。

 さらに驚きなのは、電子書籍の操作方法を書店スタッフから学んだ後も、多くの顧客が引き続き来店することだ。カードを購入した顧客が店内のカフェでコーヒーを楽しんでいる間に、スタッフがダウンロードを代わって行っている。

 田江社長は「読書から離れていた人たちをもう一回読書の世界に引き戻すことができた。当店で電子書店の登録会員になった顧客の購入率は、全国の一般的な会員よりもはるかに高いようだ」と話す。(法政大学経営学部教授)