column 2014.12.11

「体験メディア ― ハイボールなど新市場開く(西川英彦の目)」『日経産業新聞』

 言語に頼らず「体験」そのものを伝える「体験メディア」が、新市場創造の可能性を持つ。その好例が、サントリー酒類の国産ウイスキー「角瓶」のソーダ割り「角ハイボール」だ。

 角瓶の2014年の販売量が327万ケースと、22年ぶりに過去最高を更新する見通しとなるなど、その復活の原動力となったのが、08年から販促を強化した角ハイボールだ。

 当時の国内ウイスキー市場は、1983年をピークに縮小を続けていた。サントリーの担当者がウイスキーについての消費者意識を調べてみると、「おじさんくさくて古くさい」「強い酒で飲みにくく、1軒目で飲めるような店がない」などとイメージが悪かった。

 ビールに代わって食事中においしく、居酒屋などでも飲めるように、新しい飲み方として生まれたのがハイボールというアイデアだった。温度や炭酸圧、ソーダの割合など、試行錯誤を重ね、ひと搾りのレモンを加えたレシピをつくり、ビール感覚で飲みやすいハイボールを開発した。

 狙ったのは飲食店の開拓だ。担当の奈良匠氏は、「飲食店は体験メディア。店舗での体験が自宅での消費につながる。そのため、売り上げだけでなく、顧客の数や杯数が重要となる。3杯の店を1万店舗より、300杯の店を100店舗目指す」と戦略を説明する。

 08年6月に飲食店向けに販促を開始。東京都中央区の下町、月島かいわいをローラー作戦で攻めた。おいしい作り方を説明すると同時に、ビールのように1杯目から飲めるように専用ジョッキを投入した。

 ところが「売れないから」「作るのが面倒だから」と取り扱いをやめる店舗も現れた。そこで「ビールよりハイボールに力を入れる」とした杯数が見込める店に、簡単においしくハイボールを作れる専用サーバー「角ハイボールタワー」の提供を同年7月に始めた。

 こうした試行錯誤を経て、メニューが豊富な店ではなく、立ち飲み店に絞ることが成功パターンであることに気がついた。東京・銀座の立ち飲み店では、10月に1日90杯だったものが11月は124杯に増えた。

 1日100杯という実績が、この戦略に確信を与え、経営陣も手応えを感じるようになった。マスメディアや消費者のブログにも取り上げられるようになり、09年2月にはテレビCMの放映を開始、人気に拍車がかかることになる。

 体験メディアは、利用シーンが多く見られることで、消費者だけでなく、企業内部にも、新市場創造に向けた強い影響を及ぼす。(法政大学経営学部教授)

西川英彦(2014)「体験メディア ― ハイボールなど新市場開く(西川英彦の目)」『日経産業新聞』2014年12月11日付け、p.15