巻頭言
「探求と創発。挑戦しつづけることを,やめてはいけない。マーケティングが生む答えは,日々,変わりつづけるものだから。創発し,磨きあうことを, 避けてはいけない。研究者と実務者,それぞれがそれぞれのMarketing Heart を持ち寄り,世界トップクラスのマーケティング力を培っていく。そんなビジョンを全員が描ける場所が,必要だと思う。私たちは,日本マーケティング学会です。」(日本マーケティング学会ビジョン)
これは,2012 年設立の際に創られた学会のビジョンである。つまり,学会設立の狙いは,研究者と実務家が交流できる「探求と創発の場」の提供だ。こうした場を絶えず,提供し続けてきたのが,「マーケティング・リサーチプロジェクト」(以下,リサーチプロジェクト)であるといっても,過言ではないだろう。
リサーチプロジェクトの目的として挙げられる,以下の3 点を見ても,その役割を担っていることは明白だ。第1 に,多様な研究テーマを会員から募ることで,会員ニーズに沿った研究を行うとともに,本学会の研究領域の拡大を図る。第2 に,研究成果を広く学会員に公開することで,その質的向上を図るとともに,同じテーマに関心を有する会員間の相互交流を促進する。第3 に,学会の研究部会として位置づけることで,研究のモチベーションを高めるとともに,外部資金獲得等の一助とする。
マーケティングに関するテーマを掲げた,大学教員であるリーダーを中心にした学会員5 名以上の研究グループであれば,常任理事会の承認のもと立ち上げることができる。ただし,研究者と実務家の混成が条件である。学会員に向けて,年1 回以上の研究報告会の開催が義務となる。
こうしたリサーチプロジェクトは,2012 年度(3 月末決算)末に試験的にはじまり,2013年度より本格的に稼働した。現在23もの研究会があり,流通や消費者行動,ブランドといった領域だけでなく,現実のマーケティング実践に呼応するように,ソーシャルメディア,地域,医療,スポーツ,農業,デザイン, 共創,AI(人工知能),知財など多様な領域にまで広がり,マーケティング研究の裾野を拡大している。
各リサーチプロジェクトは,自由に開催できる「研究報告会」をはじめ,マー ケティングカンフェレンスにおいて開催できる「リサーチプロジェクトセッション」(以下,リサプロセッション)を,それぞれ多数実施してきた。2016 年度は,研究報告会が52 回,そしてリサプロセッションが16 回,計68 回もの研究会が開催された(図− 1)。累計では,研究報告会が137 回,そしてリサプロセッションが42 回,計179 回もの研究会が開催された。研究報告会には述べ 3,036名,そしてリサプロセッションには述べ2,119名,計述べ5,155名が参加した。
さらに,2016 年4 月より設置された「リサーチプロジェクトリーダー会議」 において,「なかなか日付が合わずに参加できない」,あるいは「別のプロジェ クトにも参加してみたいがなかなか参加できない」,「秋に学会のカンファレンスが開催されるが,春にも学会員が集まる機会をもちたい」という学会員の声を受け,リサーチプロジェクトの合同研究会が検討され,2017 年3 月に「春の リサプロ祭り」という名称で,10 もの研究報告会が同時に開催され,240 名も の学会員を呼び込んだ。
こうしたリサーチプロジェクトによる自主的な研究活動を,学会は積極的にサポートしてきた。ひとつは,学会サイト( http://www.j-mac.or.jp/ )を中 心としたプラットフォームによる支援である。研究報告会の告知や申し込み, 決裁や領収書発行を行うだけでなく,メールマガジンの発行や,Facebook で の告知も連動して行う。このように学会の情報発信や事務作業は集中処理されるため,リサーチプロジェクトは研究に専念できるというわけだ。
もうひとつは,カンファレンスにおいてリサプロセッションを開催するリサーチプロジェクトに対して,年10 万円の助成金を拠出するという支援だ。各プロジェクトは,ゲストスピーカーの招待や研究報告会の運営費などの研究資金として,それを利用できる。
以上のように,リサーチプロジェクトは,学会のサポートを受けつつ,自主 的に「探求と創発の場」を継続的に提供してきた。そこで,本号では,こうし たリサーチプロジェクトの研究成果を広く共有するため,「マーケティグ・リ サーチプロジェクト」というテーマで特集を組む。5 つのリサーチプロジェクトによって,理論研究,事例研究,実証研究などリサーチプロジェクトに関連 した研究論文が発表される。こうした論文を通して,各研究テーマでの実践や 理論についての理解が深まる共に,リサーチプロジェクトの意義を知ることが できるであろう。
加えて,そのテーマに関心をもたれたら,ぜひ研究報告会に参加頂き,さらなる「探求と創発」を実践頂きたい。学会ビジョンで宣言したように,我々は「挑戦しつづけることを,やめてはいけない」,そして「創発し,磨きあうことを,避けてはいけない」のだから。
編集後期
本号は,「マーケティング・リサーチプロジェ クト」という特集テーマで,5つのリサーチプロ ジェクトの研究成果を取り上げた。まず村松論文は,「価値共創型マーケティング研究会」として, プロジェクト名でもある「価値共創マーケティン グ」概念を定義し,その事例を提示し理解を深める。田村論文は,「質的リサーチ研究会」として, KJ法の後工程として,有効な発想法のツールの提示と,その有効性を示す。高橋・本庄論文は,「女性マーケティング研究会」として,「女性視点」 を整理し,その事例を取り上げ考察する。川上・ 池上論文は,「マーケティングと新市場創造研究 会」として,ブルー・オーシャン戦略を援用し,「ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略」という新たな理論を提示する。片野・石田論文では,「ユーザー・コミュニティとオープン・メディア研究会」として,動画共有サイトYouTubeにおける音楽コンテンツの市場受容と普及について,探索的に考察する。なお,大竹論文は,特集テーマではないが,ブランドマネジメントに関する新たな視点を提示する優れた自由投稿論文である。
最後に,一言述べたい。実はリサーチプロジェクトは,編者自身も関わった「日本マーケティング学会設立準備委員会」の議論から生まれ,推進してきたものである。当初の予想を超える大きな成果を上げたことは,実に感慨深い(「巻頭言」 参照)。学会員の皆さんの協力で,さらに質量ともに向上していくことを切に願う。
西川英彦(2017)「マーケティング・リサーチプロジェクト」『マーケティングジャーナル』Vol.37 No.2、pp.2-5、p.161.