「事業の定義」の主体的選択が、新市場創造の可能性をもつ。2週にわたって、このテーマをみていこう。今週は日経MJヒット塾7期で訪問した、アウトドア用品で成長を続けるスノーピーク(新潟県三条市、山井太社長)を取り上げる。
そもそも事業の定義とはデレク・F・エーベルが、「[新訳]事業の定義」(碩学舍)において、戦略を考える上で提唱した枠組みで、「誰に(顧客層)、何を(顧客機能)、どのように(技術)」という3つの軸で「自らの事業とは何か」を定めていくことだ。顧客機能とは、製品が果たす機能であり、顧客に提供する価値を意味する。技術は、それを達成するための資源や工夫と言い換えてもよいだろう。
山井社長は「事業戦略において、誰に何をどのように売るかを自由に選択できることが、企業・経営者の最大の武器だ」と自ら設定していく意義を強調する。
同社を例に、成長に導いた3つの軸を整理してみよう。まず顧客層はハイエンドのアウトドア愛好者だ。顧客機能は、優雅に快適にキャンプを楽しむオートキャンプというライフスタイルの提供。技術は、高品質のアウトドア用品・サービス、店舗・イベント・SNS(交流サイト)での顧客とのコミュニケーションである。
同社が参入する前の市販品のテントは、安価だが雨漏りするものも多かったという。
しかし、ライフスタイルとしてテントを長く快適に利用するのであれば、異なる。同社は、一般的には過剰にもみえる高品質の製品を発売した。テントは3万円から8万円と、手ごろな品に比べて価格は数倍するが、暴風雨でも耐久性を心配せずに使用できる。加えて、全ての製品は洗練されたデザインで統一され、まるでインテリアのようだ。
独自の永久保証制度も充実させている。仮に損傷しても、大抵の場合は次の週末のキャンプに間に合うように2日間で修理する。業界では珍しく、自らもキャンプをするスタッフが直営店で対面接客。顧客にキャンプの楽しさを伝える。
顧客を招いたキャンプイベントも各地で多く開催。顧客同士がスタイルを共感・参照しつつ、新たなオートキャンプ市場を支え合うだけなく、山井社長をはじめ社員が交代で参加し交流する。リアルだけでなくフェイスブックでも19万人を超える顧客とつながる。
こうした施策がオートキャンプを楽しむ新たな顧客層を生み出したことが分かるだろう。同社参入前、この市場が現前していたわけではないのだ。このように3つの軸の一貫性が高く、競合と差別化しつつ、成長していったのが分かる。
さらに、いくつかの軸に新たな要素が加わる。2014年からはキャンプだけでなく普段でも着られるリラックスウエアを開始。この6月には、優雅に準備なくキャンプを楽しめるグランピング施設もオープン。オートキャンプというライフスタイルに憧れるが、必ずしもアウトドア愛好者ではない新しい顧客層を狙う。現状を整理すれば図のようになり、3つの軸は相互に関連しつつ、次の戦略を選択する基盤となる。
1989年ごろ、社員15人とつくった「常に変化し、革新を起こし、時代の流れを変えていきます」というミッションをみても、同社の主体的な姿勢があってこそうまく生かせるツールといえるだろう。
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【マーケティング近視眼・遠視眼】事業を狭く定義することが近視眼で、機会や脅威を見誤る危険性がある。一方、事業を広く定義することが遠視眼で、投資リスクが高まる。結局、両極の中でのバランスが重要であり、その検討ツールとして、エーベルの3軸が有効だ。
西川英彦(2017)「事業の定義(上)法政大学経営学部教授西川英彦氏 ― 新たな市場と客層生む経営(日経MJヒット塾)」『日経MJ』2017年6月26日付け、p.2.