column 2011.8.25

「愛のムチは禁じ手か ― 『叱る』がユーザーの琴線に:スタスタ部(西川英彦の目)」 『日経産業新聞』

 ブランドや企業から、叱られたことがあるだろうか。マーケティングの常識で考えれば、ありえない。だが、うまく叱れば、新たな関係が生まれる可能性がある。そのユニークな事例がワコールの「スタスタ部」というサイトの30日間の愛ムチプログラムである。

 スタスタ部は「スタイルサイエンス」という体形改善を目的とした下着の継続着用をサポートするために2006年に開設された。スタイルサイエンスは、一見ガードルのようだが、補正下着ではなく、太もも部分に特殊な機能を持たせ、カロリーを消費しやすい歩き方へと変化させ、スタイルを変えるものだ。つまり、「体を美しく見せる」から「体を美しく変える」機能を備える製品である。

 そのためには1日6000歩、週に5日以上を目安とする継続着用が必要だ。だが、一般的にダイエットや健康用具は継続が難しい。経験を通して、そう実感していたスタッフは、継続させる仕組みが必要と考えた。そこで生まれたのが、着用頻度や歩数、体重などの記録機能や、会員同士の掲示板、愛ムチプログラムをもつスタスタ部だ。

 プログラムに参加し、2日ログインしないと、愛ムチストという多様なキャラクターから「愛ムチメール」が届く。例えば、熱血体育教師、ハッスル金子からのメールは「よし、昨日サボったやつは、腹筋2000回!なにぃ~くちごたえする気か?よし、追加1億回!先生はオマエたちのことが大好きだ。だから言うんだ。朝起きたら、まずはけ。そして出かけろ。以上!」という感じ。叱る内容にしたのは、優しい言葉や機械的な内容では効果がないと思ったからだという。

 1人では挫折してしまいそうになることでも、叱るメールは誰かに見守られている感じを演出して継続を支える。サイト上での会員同士の励ましや、一緒に競い合うのも挫折を防ぐ。まさに部活の感じだ。

 製品の効果をもたらすために「叱る」。このことは、製品だけからサービスを含めた顧客価値への変化と、その際の消費者への新たなコミュニケーションのありようを示唆する。(法政大学経営学部教授)

「愛のムチは禁じ手か ― 『叱る』がユーザーの琴線に(西川英彦の目)」 『日経産業新聞』2011年8月25日付け、p. 9.