商品がもたらす便益を考えるのは、マーケッターや製品開発者にとって重要な仕事だ。だが、それで満足してはいけない。その便益が生み出す新たな便益もありうる。いわば、この「便益の便益」を射程にすれば、新しい価値創造の可能性もある。その好例が、ライオンが昨年1月に発売した、「ニオイ汚れ」に強い濃縮タイプの液体洗剤「トップナノックス」だ。
ライオンは、トップナノックスを開発するまでに主婦へのグループインタビューを何度も実施した。その結果、以前は目に見える汚れを指摘する声が多かったのに対して、夫の枕や子供の汗の臭いなど、目に見えない汚れのニオイが落ちなくて困るという声が多くなってきたことに気づいた。
さらに、何人かの主婦たちは、洗濯した衣服や布製品をしっかり洗浄できたかどうかについて、目で見て確認しているだけではなく、ニオイでも確認していることが分かった。これらのデータから、同社は主婦の洗浄力の評価が目でみえる「汚れ落ち」から、「ニオイ落ち」に変化しつつあるのではないかと考えた。
こうして、ニオイ落ちに強い洗剤の開発が目標となった。そこで、ニオイの原因となるオレイン酸に対する洗浄力が高い洗剤が開発された。オレイン酸とは、皮脂汚れに含まれる成分で、菌や空気中の酸素によって酸化・分解され、ニオイを発生するものである。このように、ナノックスはニオイ落としという新たな便益をもたらした商品として登場した。
だが、ニオイ落としは、それだけにとどまらず新たな便益を生み出していた。実は、ニオイ汚れを落とすことは、黄ばみを防ぐ効果をもたらしていた。黄ばみは、ニオイ汚れが蓄積した結果、目に見えてくるものなのである。そのため、ナノックスは、さらに高い洗浄力をもつように改良された。それが、この9月にライオンが発売する改良版=写真=である。
では、メーカーが「便益の便益」を考慮することは、手放しで良いことなのだろうか。2段階の便益は消費者を混乱させてしまう危険性もありうる。消費者に製品の特徴が明確に伝わるような丹念なマーケティングが重要になるともいえる。(法政大学経営学部教授)
西川英彦(2011)「ニオイ落としの副産物 ― 『便益の便益』伝え方が肝要(西川英彦の目)」 『日経産業新聞』 2011年8月4日付け、p.9.