column 2014.5.15

「効率的なキッチン ― 観察が生む新市場:クラッソ(西川英彦の目)」『日経産業新聞』

【図・写真】シンクにすべり台のような傾斜をつけた<br />
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【図・写真】シンクにすべり台のような傾斜をつけた

 観察の連続が新市場創造の可能性を持つ。その好例がTOTOのシステムキッチン「クラッソ」だ。

 キッチンの意匠や使いやすさを見直そうと2008年に開発を始めた。調査では、キッチンについて「テキパキと効率的に使いたい」との声が多かった。だが、なぜ「効率」なのか。開発チームに疑問が残った。

 そこで、数十軒以上の顧客宅を訪問。普段の生活を尋ねると、子供の送り迎えや趣味などで忙しく、「時間をつくりたい」とのニーズがあることが分かった。さらに、食材を持参して、調理から片付けまでを実際にやってもらい、その様子を撮影した。バタバタと動いて調理したり、何度も時間をかけて食器を洗ったり、無駄な時間があった。

 体系的に理解するために、開発チームの5人が部屋に缶詰めになって全てのビデオを見た。その中に1人だけ、ほとんど動かずに作業をしている神業のような顧客がいた。詳しく見ると、全ての器具が手の届く範囲に配置されていた。だが、驚くことに本人は自身のすごさを自覚していなかったのだ。アンケートでは探し出せないわけだ。

 こうした観察から、料理や片付けを効率よくできる「スイスイ設計」というコンセプトが生まれた。

 さらに観察は続く。人間の動きを3Dデータに取り込む「モーションキャプチャー」を使い、鍋の移動や手首の動きを測定した。計測結果をレイアウト設計に活用しただけでなく、観察を通じて、何度も時間をかけて洗う器具があることが分かった。それは菜箸や包丁、まな板など縦長の料理器具だ。この発見から、ほうきのような幅広シャワーで汚れをさっと洗い流せ、節水にもつながる「水ほうき水栓」が生まれた。

 さらに、相乗効果をもたらす機能もここから生まれた。シンクにすべり台のように少し傾斜をつけることで、水を流すだけで細かな野菜くずを排水口へ一気に流す「すべり台シンク」だ。これらのスイスイ設計は、7割以上に採用される機能となった。連続した観察が新市場をもたらしたのだ。

 同社の工夫はこれだけに終わらない。観察を継続させる仕組みがあるのだ。購入時の「ご愛用者アンケート」がそれ。返送して訪問を許した顧客宅を、開発担当者は可能な限り訪問することになっている。「常に観察して考えているからこそ、ふとした気づきが発見につながる」と商品企画グループの藤本勝巳氏は話す。(法政大学経営学部教授)

西川英彦(2014)「効率的なキッチン ― 観察が生む新市場(西川英彦の目)」『日経産業新聞』2014年5月15日付け、p.15.