column 2014.3.13

「ベビーカー『グレコ』 ― 多角視点で潜在需要発掘(西川英彦の目)」『日経産業新聞』

 様々な視点による「複眼的観察」が新市場創造の可能性を持つ。その好例が、アップリカ・チルドレンズプロダクツ(大阪市)によるベビーカー「グレコ シティカーゴ」だ。

 グレコは米国でシェア首位のベビーカーブランド。車社会でショッピングセンターでの利用が中心の米国では、大きくて頑丈なものが主流だ。過去、米国仕様のまま導入したが失敗。バスや電車での移動が多い日本では、折り畳める軽い製品が人気だからだ。軽量製品も投入したが、他製品と差異化できず苦戦した。

 日本のニーズに応えつつ、他社との違いを打ち出せる製品が不可欠だ。そこで、主婦の潜在的なニーズを探ろうと10年夏、商品開発の担当者らが11軒の家庭を訪れ実地調査を行った。

 平日昼間の買い物に同行すると、大型スーパーではなく、赤ちゃんの散歩を兼ねて、近くの小型スーパーに行く主婦が多かった。さらに店内では、店のカートに赤ちゃんを乗せ換えず、片手でベビーカー、もう片方にスーパーのカゴを抱えて買い物をしていた。カートとベビーカーを同時に持つのは大変だからだ。このため、特売の紙おむつやミルクを見つけても荷物が多くなるため諦めていた。

 だが、どの主婦も困っていることに気づいていなかったという。「ベビーカーとは、こういうものだ」という認識だったのだ。アンケートをしても、課題が浮かび上がってこない訳だ。

 この観察から生まれたのが、ベビーカーの後部下にスーパーのカゴを設置できるようにするアイデアだ。買い物を終えた後には、収納スペースとしても使える。このアイデアは好評で、グレコの他のラインアップにも拡張された。

 ただ重要なのは観察ではなく、常識を打ち破ることだ。同社では、商品開発のために消費者宅を訪問する際、マーケティングや研究開発、営業など、複数部門の担当者が同行する。メンバーには独身者が加わることもある。「色々な見方があるからこそ、潜在ニーズが見つかる」と、渡辺知孝ブランド・マネージャーは多様性の意義を強調する。

 このことは発見だけでなく、同時に部門を超えた情報共有を促進する。製品開発のスピードや販売活動にも影響を与えるだろう。(法政大学経営学部教授)

西川英彦(2014)「ベビーカー『グレコ』 ― 多角視点で潜在需要発掘(西川英彦の目)」『日経産業新聞』2014年3月13日付け、p.9.