column 2014.6.9

「価値共創の仕組みづくり(下)― 消費者のアイデア生かせ: Sカレ(日経MJヒット塾)」『日経MJ』

【図・写真】学生のアイデアを基に商品化が進められた「木礼」

【図・写真】学生のアイデアを基に商品化が進められた「木礼」

 熊本県のPRキャラクター「くまモン」のような価値共創の仕組みは企業間だけで有効なのではない。企業と消費者の間においても新たな価値をもたらす。

 マーケティングを学ぶ大学生と企業の共同で新商品開発に取り組む「スチューデント・イノベーション・カレッジ(Sカレ)」がその例。9回目の今年は29大学の3年生127チーム、415人と中小メーカーなど12社、デザイン事務所が参加して商品化をめざす。

 Sカレは半年以上にわたるプロジェクトだ。5月に各社が開発テーマを学生に提示。6月の開会式での両者のワークショップや市場調査の後、学生がアイデアをインターネットに公開。消費者からの意見や評価を基に改善を重ね、11月の閉会式で企業に提案する。

 各社はアイデアを1つ選び、デザイナーがそれを基に仕様設計にあたる。見積もりを経てネットで購入予約を募り、最低生産単位に達すると発売に至る。

 昨年のSカレで商品化が決まった「木礼」(きれい)は、ごみの分別や底面のカスタマイズができる六角柱のごみ箱である。アイデアを出したのは法政大学の「チームいかのは」。母親がごみを出す際に見えるように底面に感謝のメッセージを入れてあり、コミュニケーションツールになる。

 当初は円柱形を想定していたが、企業が曲げ木加工のメーカーではないことや、持ちやすさを考慮して、六角柱に変更。ごみ袋をかけられるように側面に4つのスリットを入れた。

 デザイナーの桑野陽平氏は6面に4つのスリットは不自然なので、6つに変えた。それで2つのごみ袋をかけられるようになり、分別が可能となった。底面もメッセージだけでなく、布や紙を自由に入れられるように工夫した。桑野氏は「学生のアイデアをきっかけにしたから生まれたデザイン」と振り返る。

 メーカーの宇野木工(広島県府中市)は高級収納家具が得意で、雑貨は新市場。「この商品をきっかけにネット市場を開拓したい」と宇野正道社長はいう。

 昨年のSカレで提案された企画のうち、4商品が既に発売されている。まさに消費者と企業との価値共創の仕組みといえる。

 だが、消費者と企業との共創はうまくいっているわけではない。消費者イノベーションは、ほとんど利用されていないからである。

 小川進氏の著書「ユーザーイノベーション」によると、日本で実際にイノベーションを起こした消費者(18歳以上)は3・7%で推計390万人の消費者イノベーターがいる。その製品分野は多様で、彼らが費やした研究開発費は約4600億円に上る。これは、国内消費財メーカーの推計研究開発費の13%に匹敵する、大きな金額だ。

 一方で、企業などが商用化したのはわずか5%にすぎない。ほとんどの製品がイノベーションを起こした本人にとどまっている。

 しかも驚くべきことに、ほぼ全ての消費者が自らのイノベーションに知的財産権を主張していない。つまり、企業は自由に利用できる状態になっているのだ。さらに、その消費者の11%は仲間や企業に積極的に開示まで行っている。

 まさに、新しい価値をもたらす消費者イノベーションが埋もれている状態だ。くまモンもSカレも意図していないような新しい価値が生まれていた。消費者イノベーションを生かす新しい価値共創の仕組みが生まれることを期待する。

キーワードプラス

【クラウドソーシング】多様な人々である群衆(クラウド)によるアイデアや予測をベースにして、製品・サービスを開発する価値共創の仕組みをいう。企業がインターネットを通して、消費者に呼びかけ、消費者イノベーションを活用する手法である。


西川英彦( 2014)「価値共創の仕組みづくり(下)法政大教授西川英彦氏 ― 消費者のアイデア生かせ(日経MJヒット塾) 」『日経MJ』2014年6月9日付け、 p.2.