column 2010.12.16

「アップルの市場創造術 ― 操作法に連続性、敷居低く(西川英彦の目)」『日経産業新聞』

 既存顧客が購入前に、新市場となる製品やサービスを事前学習してくれれば購入にもつながりやすく、企業にとってこんなにうれしいことはない。そんな都合の良い方法があるのだろうかと思うかもしれないが、新しい製品やサービスでも操作方法に連続性を持たせ、使用経験に共通感を与えれば可能だ。単純そうでいて徹底は難しいが、うまくいけば新市場を創造可能。アップルはその好例だ。

 アップルは製品やサービスを超え、インターフェースに一貫性を持たせている。2001年発売の携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」はメニュー体系や表示の仕方などを、先に無料配布した音楽再生・録音・整理ソフト「iTunes」と同じになるよう設計した。全てを同じにするにはiPodの画面は小さすぎたが、iPodを再生専用、録音や曲目整理はiTunesに機能分担して問題を解決した。

 音楽などのコンテンツ配信サービス「iTunesストア」=写真=も、慣れたiTunesの中で使える設計になっている。07年から販売している携帯電話「iPhone(アイフォーン)」や、iTunesストアでのゲームなどの有料・無料のアプリ配信サービスもインターフェースは従来と連続性を持つ。

 ユニークなのはレシート。無料アプリも、音楽配信や有料アプリと同じレシートを発行する。こうした経験は有料版を試す敷居を低くするだろう。多機能携帯端末「iPad(アイパッド)」や書籍配信も今年登場。日本のiTunesストアでも映画配信が始まったが、それらも連続性のあるインターフェースだ。

 こうしてアップルの製品やサービス、独自のデータが増えていき、それらに慣れたアップルの顧客は競合する製品・サービスに切り替えるのが難しくなる。「スイッチングコスト」が増加し、企業にとって顧客維持につながるのだ。

「我が社も早速」と思うかもしれないが、顧客が難しいと感じる体験ではダメ。簡単で便利なことが重要だ。iPodは「ユーザーが複雑と思うことを排除する」コンセプトで開発された。決してマニュアルを見ながらの経験ではない。(法政大学経営学部教授)

西川英彦(2010)「アップルの市場創造術 ― 操作法に連続性、敷居低く(西川英彦の目)」『日経産業新聞』2010年12月16日、p. 9.