column 2010.11.4

「宝島社の躍進 ― 出版流通の利点生かす(西川英彦の目)」『日経産業新聞』

 「隣の芝生は青い」。このことわざは、何も個人に限った話ではない。企業でも、他業界が良く見えても自らの業界のことは当たり前となり、その良さは見えにくい。だが自らの業界あるいは自社の良さを発見できれば、新市場の創造につながる可能性がある。出版業界で躍進を続けている宝島社はその好例だ。

 出版業界は近年、書籍・雑誌の販売や書店数が減少傾向にあり、関心が電子書籍やネットビジネスに移っている。こうした状況下、宝島社は他業界の視点で出版業界の価値を再考した。その結果、一般的に価値があると考えられているコンテンツ制作は、より即時性の高い同様の機能を持つウェブ企業から見れば価値が低いことが分かった。

 一方、消費財メーカーの視点に立つと、出版流通の優れた点が見えてきた。消費財メーカーは流通業者と個別に商談するのが一般的だが、書籍や雑誌はトーハンなど取次会社に納品さえすれば、全国津々浦々の好立地に幅広い顧客層を持つコンビニエンスストアや書店に配荷され、一斉に定価で発売できる。

 そこで、宝島社は現実の出版流通を最大限に活用するマーケティング戦略に打って出ている。まずは、電子書籍では提供できない有形の商品の販売だ。

 同社は有名ブランドの豪華な限定バッグなどを付けた雑誌で販売部数を伸ばしている。月刊誌「スウィート」は今年、100万部を3回も超え、女性誌市場の話題を独占中だ。1冊丸ごとブランド情報を伝えるブランドムック本も好調。3月の「キャス・キッドソン」は120万部も売れた。幅広い顧客層に向け、電子たばこ、美顔器、音楽CDなど新たな製品ラインでもヒットを連発している。

 書店とのパイプも太くしている。昨年は印刷工場見学ツアー(4月)、主力3誌を知ってもらうバスツアー(9月)を実施した。今年は書店の中に期間限定で「宝島社書店」と呼ぶ雑貨店のような売り場を設置。店頭の活性化を狙っている=写真はリブロ池袋本店。

 「さっそく我が社も」と思うかもしれないが、表層的な模倣では青い芝生もたちまち枯れてしまう。他業界から見る視点は、まず他業界を深く理解することから始まるからだ。

(法政大学経営学部教授)

西川英彦(2010)「宝島社の躍進 ― 出版流通の利点生かす(西川英彦の目)」『日経産業新聞』 2010年11月4日付け、 p.9.