paper 2017.3.31

巻頭言&編集後記「ユーザー・イノベーション」『マーケティングジャーナル』

巻頭言

 マーケティングにおける実務や研究の射程,その前提とする消費者像の見直しを迫る,新しい時代に入っている。

 消費者ニーズや市場動向の把握を起点とする,いわゆる「顧客志向」あるいは 「市場志向」がマーケティングの要諦であるというのは,異論はないだろう。こうした志向が企業のイノベーションの源泉となり,消費者や市場の解明を試みようとするマーケティングや消費者行動研究の意義を支持する。  

 だがそこでは,イノベーション創出はメーカーの役割であり,それを使用するのがユーザーという前提が置かれる。作る者を意味する「メーカー」という言葉 や,消費する者を意味する「消費者」,あるいは使う者を意味する「ユーザー」という言葉をみても,それぞれの役割の前提を示していたといえるだろう。そもそも,シュンペーター以来よく使われる「イノベーション」という言葉も,企業(起業家)による創出を前提にしていたといえる。

 こうした購買者としてみる消費者像の改定を要求する現象が見られる。ユー ザー自身による製品やサービスの開発・改良,すなわち「ユーザー・イノベーション」である。つまり,ユーザーを創造者あるいは問題解決者としてみる消費者像である。こうした捉え方は,実は新しい見方だ。そもそも何百年もの間,実務でも研究の世界においても,イノベーションはメーカーが行うのが当然だと信じられてきたからだ。1970年代になって,MIT教授のエリック・フォン・ヒッペルによって,はじめてユーザー・イノベーションの存在が明らかにされたのだ。この研究がきっかけとなり,その実態が明らかとなり,多様な研究に発展した(von Hippel 2005; 2016)。

 このことは,イノベーションの「受け手」としてのユーザーから,イノベーションの「送り手」としてのユーザーへの変化を意味する。だが,ユーザー・イノベー ションが,イノベーションの全てとなるといっている訳ではない。大事なことは, 消費者が,イノベーションの「受け手」だけでなく,時には「送り手」としても 活動するということだ。そのことは,けして驚きではない。なぜなら,企業で自らの専門知識をもとにイノベーションを起こしている人も,他の分野ではユーザーであるからだ。逆にいえば,多くのユーザーは,他の分野の専門知識を持っているといえる。さらにいえば,企業でイノベーションを起こしていない人も,ユーザー・イノベーションを起こす可能性がある。ユーザーとして異なる分野の課題に直面した際に,自らのもつ専門知識が問題解決に役立ち,そこから新しい何かを創造するかもしれないからだ。こうした異分野の知識の組み合わせこそが,イノベーション創出のカギとなる。ユーザー・イノベーションの代表事例であるマウンテンバイクの開発でも,使用者であり,かつ専門家であるというユーザーの両面性が,イノベーションをもたらしていると,フォン・ヒッペルは説明する。

「高台から飛び降りることを専門とするマウンテンバイカーで整形外科でもある人は,この両分野からの情報を拠りどころとしたイノベーションを起こそうとするだろう。つまり,ジャンプの着陸時にバイカーの背骨にかかる衝撃を和 らげるシート・サスペンションを作り出すかもしれないのだ。(中略)異なる 職業を持つ人の場合は(たとえば,この人が航空技術者だとすると),整形外 科医とは異なる情報を拠りどころとする可能性が高く,その結果,別のイノベー ションを起こすだろう」(von Hippel 2005 訳 p.124)

 だが,こうした変化は,まだまだ取るに足らない現象だと考えるかもしれない。 ユーザーの発信が,時に企業発信よりもインパクトをもたらす,近年のSNSでのコミュニケーションの拡がり(炎上)をみれば,その急激性や重要性が理解できよう。こうした領域が,イノベーションにまで広がるのである。

 そのため,マーケティングや消費者行動研究において,購買,発信する消費者に留まらず,創造する消費者を捉えた,ユーザー・イノベーションを研究する必要性がある。それを裏付けるように,Journal of MarketingJournal of Marketing ResearchJournal of Consumer Researchなどのマーケティングのトップジャーナルでも,多くのユーザー・イノベーションに関連する論文が掲載される。 そこで, 本号では,「ユーザー・イノベーション」というテーマで特集を組む。以下,その内容を簡単に示していく。

 廣田論文は,創造する消費者像の理解に適した論文だといえよう。自動車のアクセルとブレーキの踏み間違いを制御する「ナルセペダル」の開発事例をとりあげ,使用者と創造者という両面性が,ユーザー・イノベーションをもたらしていくメカニズムの解明を試みる。

 こうしたユーザー・イノベーションは,ユーザー単独より,ユーザーが共創するイノベーション・コミュニティをベースに生まれることが多い。大久保・西川論文は,ミニ四駆のイノベーション・コミュニティを対象に,そこでのユーザーの志向とユーザー・イノベーションの成果との関係を明らかにしていく。

 ユーザー・イノベーションを起こしたユーザーは,自らのイノベーションを個人の使用に留めず,それをもとに起業家していくユーザーも多い。于論文は,こうしたユーザー起業家と一般的な起業家との生産性を比較し,ユーザー起業家が 生産性を高めていく要素を考察していく。

 ここまでの議論では,エンドユーザーである消費者を中心にみてきたが,産業財の受け手としてのユーザー企業も,ユーザー・イノベーションの対象に含まれる。そもそも,初期のユーザー・イノベーション研究の多くは,ユーザー企業を対象としていたのだ。水野論文は,ユーザー企業とメーカー企業との共創活動に焦点をあて,イノベーションを起こすユーザー企業の探索法を検討する。

 このように,本特集を通して,ユーザー・イノベーションの実践や研究への理解が進むであろう。さらに,ユーザー・イノベーションは進展する可能性をもつ。 デジタルテクノロジー雑誌「ワイアード」編集長のクリス・アンダーソンは,消費者が自ら試作品を作れる3Dプリンターの普及で,ユーザー・イノベーションがさらに進む可能性を指摘する。消費者は,料理のレシピを考えるように,自らのアイデアを簡単に創作できるからだ。その製品データのファイルを仲間と共有すれば,簡単に再生産することもできる。しかも,それらはメーカーによる製品の品質を上回っている必要もなく,自分が好きであれば充分なのである。このようにユーザー・イノベーションの裾野はさらに拡大していき,同時にマーケティングはさらに発展していくであろう。なぜなら,マーケティングの本質は,今までの前提に拘らず,変化していく消費者や市場の状況に創造的に適応していく, 真の「市場志向」に他ならないのだから。  

参考文献
von Hippel, Eric (2005) Democratizing Innovation, Cambridge, MA: MIT Press (サイコム・ インターナショナル訳『民主化するイノベーションの時代』ファーストプレス, 2005 年)
von Hippel, Eric( 2016) Free Innovation, Cambridge, MA: MIT Press(無料ダウンロード可能 https://mitpress.mit.edu/books/free-innovation


編集後記

 本号の特集テーマは,「ユーザー・イノベーション」である。実は,編者の博士論文以来のテーマであり,無印良品の勤務時代には自ら実践し,現在も学会のリサーチプロジェクトの「ユーザー・イノベーション研究会」での活動など研究を続けているライフワークともいえる研究分野である。本号では,編者同様に,博士論文から同分野の研究を続けている同研究会のメンバーを中心に,それぞれ異なる領域に焦点をあて,本テーマを論じた。そのため,特集論文は,本研究分野の全体像を理解するには最適な論文を構成しつつ,読み応えのある内容となっているであろう。

 実務では,ユーザー・イノベーションは「消費者参加型製品」あるいは「クラウドソーシン グ」と呼ばれ,多くの企業で実践されている。 とりわけ日本企業は,2000 年頃よりネットを上手く活用した先進的モデルで,世界をリードしてきた。その後,多くの企業で実践されたが, 現状は必ずしも上手く継続できているとはいない。一方,巻頭言でみたようにマーケティング分野だけでも多くの研究が行われ,新しい理論にあふれている。まさに本学会が掲げる,理論と実践との深いレベルの交流が求められる。本特集を契機に,多くの学会員の本研究会への参加や共同研究の実現を期待してやまない。 

 最後に,本雑誌を牽引し有力雑誌に育てあげ, マーケティング研究を大いに発展させてきた,本号をもって退任される池尾編集委員長をはじめとする編集委員の先生方には,記して感謝する。

西川英彦(2017)「ユーザー・イノベーション」『マーケティングジャーナル』Vol.36 No.4、pp.2-4、p.165.

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