column 2017.1.12

「ことりっぷ ― 緻密な市場調査で成功(西川英彦の目)」 『日経産業新聞』

 

 緻密な市場調査が新製品を成功させる可能性をもつ。その好例が、昭文社の旅行ガイドブック「ことりっぷ」=写真=誕生のケースだ。2008年の創刊以来、累計1400万部の売り上げをほこるロングセラー商品だ。「小(co)」「Trip」で「小さな旅」を意味する。

 07年に昭文社が女性向けガイドブックの開発を決めた。経済的にも自由に行動できる28~32歳の働く女性をターゲットに設定し、その同世代の編集者メンバーによる議論が実施された。既存ガイドブックの問題点だけでなく「ガイドブックのような旅を実際にしているのか、という根本的な疑問がでた」と、ことりっぷ事業部企画編集課の大川朝子さんはいう。

 そこで、同社初の市場調査を実施した。25~35歳の旅好きの女性1000人にネット調査。ガイドブックは参考にするが、自分なりの旅をしているなど実際の利用状況がわかった。

 ガイドブックをよく購入し、年に数回以上国内外を旅行する女性にグループインタビューも実施した。そこから「持ち歩くのが恥ずかしい表紙」「情報過多で、お薦めが分からない」「持ち運びたくない重さ」という既存ガイドブックの問題点が浮き彫りとなった。

 この3大問題の解決に取り組んだ。まず表紙は地域をイメージした着物柄のような小紋を散らした和雑貨風に仕上げ、ガイドブックに見えないようにした。地名は、手でガイドを持つと指で隠れるように設計。

 掲載情報は女性の関心が高いアートや美容、カフェをキーワードに、現地の取材を通して厳選を重ね、絞り込んだ。

 その結果、1冊で掲載するスポット数は従来の約4分の1にまで減り、平均150グラムと持ち運びやすい重さとなった。

 だが当初は、常識はずれの企画のため、社内では反対意見もあった。その説得材料となったのも、先の市場調査の結果であった。

 無事発売されると、「こんなガイドが欲しかった」という共感の声が殺到するほどの人気商品に。女性書店員にも好評で、店頭が華やぐと面陳列された。さらにいつか行くかもしれないからと、まとめ買いして、自宅で眺めて空想旅を楽しむという購入スタイルまでもたらした。

 このように緻密な市場調査には意義があろう。だが、事前の議論での仮説や問題意識があったからこそ、発見につながったことを忘れてはいけない。

(法政大学経営学部教授)

西川英彦(2017)「ことりっぷ ― 緻密な市場調査で成功(西川英彦の目)」 2017/01/12 『日経産業新聞』2017年1月12日付け、p. 15.