column 2012.3.15

「アトム通貨 ― 新アイデアで仕組み磨く(西川英彦の目)」『日経産業新聞』

 「一石二鳥」。あるマーケティング行動が二重の効果をもたらす。そんな重層的効果の仕組みをうまく考えることができれば、新市場を生む可能性をもつ。その好例が、地域通貨の「アトム通貨」である。

 アトム通貨は、2004年に東京の早稲田・高田馬場で、街を活性化させる目的で生まれた。その単位は「馬力」(1馬力=1円)。10馬力、50馬力、100馬力と3種類の紙幣があり、今年度は延べ21万人が参加し、925万馬力が流通した。商店街、商工会が中心となった9つの支部(地域)で利用される。

 活用方法は、消費者が地域貢献でき、自店の販促にもなるという企画を商店が考えることから始まる。例えば、消費者が「マイバッグ」や「マイはし」「マイカップ」を持参して購入したり、子供がお使いしたりした場合に10馬力を渡す。商店街全体でも無農薬野菜栽培や古紙回収のイベントに参加した人に50馬力、打ち水のイベントに参加した人に100馬力を提供するような企画が実施される。

 準備ができたら、商店やイベント主催者は支部の事務局からアトム通貨を現金で購入する。消費者はアトム通貨の冊子やホームページ、店頭のステッカーなどでイベントの情報を知る。その後、地域貢献に参加し、アトム通貨を受け取り、加盟店で利用する。利用期限は、毎年2月末まで。最後に、商店はアトム通貨を事務局で現金に換金する。

 アトム通貨の仕組みは地域貢献の効果と同時に、商店の営業販促効果を併せ持つ。さらに、戻った通貨を換金できるので、商店も継続して参加しやすい。換金されなかった分は、支部全体のアトム通貨の資金となる。

 では、重層的効果をもたらす仕組みを考えれば、うまく行くのだろうか。アトム通貨では、多様な地域や商店がかかわることで、新しいアイデアが生まれて仕組みに磨きをかけている。愛知県の安城支部では、アトム通貨を取り扱う信用金庫で、加盟店証=写真=を提示すると換金できるシステムで商店をサポートする。沖縄県の八重山支部では、石垣市商工会が、職員の地域貢献の内容を査定したうえで、地域貢献手当をアトム通貨で支払う。石も磨き続けなれば、1羽にも当たらないのだ。

(法政大学経営学部教授) 

西川英彦(2012)「アトム通貨 ― 新アイデアで仕組み磨く(西川英彦の目)」『日経産業新聞』2012年3月15日付け、p.9.