column 2014.4.3

「ハサミに見る常識の罠 ― 『紙を切る』前提を疑う:フィットカットカーブ(西川英彦の目)」『日経産業新聞』

【図・写真】切断に最適な角度を保てるように刃にカーブを施した

【図・写真】切断に最適な角度を保てるように刃にカーブを施した

 常識の罠(わな)。製品の常識的な使われ方を疑うことは難しい。だが、用途の実態を調べれば、新市場創造の可能性がある。その好例が、2012年の発売以来、累計500万丁を販売し、シェア首位という文具大手、プラスの家庭用ハサミ「フィットカットカーブ」だ。「ハサミは紙を切るもの」ということを前提とせずに生まれた製品だ。

 そもそも同社のフィットカットシリーズは、04年の発売以来、累計1千万丁突破のヒット商品だ。ただ、競合製品の登場で徐々にシェアが低下。次の10年を担う定番商品となる新製品の開発が求められた。しかし、そもそも家庭用ハサミは、誰が何のために利用しているのか。そうした実態の把握はできていなかった。

 そこで顧客調査を実施したところ、購入場所は量販店が多く、そこでの購入者の8割は女性だったことが分かった。ハサミへの要望を尋ねたところ、1位は「切れ味」、2位「ベタつき、汚れ、さび改善」、3位が「持ちやすさ」だった。

 この結果から、既存製品でも十分に切れるのに、なぜ切れ味を求めるのかとの疑問が浮上した。

 使い方を調べると、前提と考えていた紙(薄い紙)を切る機会はわずか8%。洋服のタグや食品パックなどのプラスチックが24%、粘着テープなどの粘着物が19%、牛乳パックや段ボールなどの厚紙が16%、植物が13%と、多種多様なものが切られていたことが分かった。その使われ方は文具のカテゴリーを超えていた。

 こうして「家庭で使う新定番、紙はもちろん、プラスチックも厚紙も色々なものがスパッと切れる!」とのコンセプトが生まれた。

 さらに、ハサミのどの部位を使って切り始めているかなど実態調査を進めたところ、刃の根元ではなく、中間あたりから切っていることなどが分かった。

 新商品の開発にあたっては既存製品も参考にした。すでにフィットカットシリーズには、様々なものを切れる「万能タイプ」があった。刃にカーブやギザギザが付いた高枝バサミの技術を使ったもので、この刃のカーブがヒントとなった。

 計測を繰り返し、刃にカーブをつけて、開く角度を30度に保つと、根元から軽い力で切れやすいことが分かった。こうして従来の3分の1の力で多様なものが切れる製品が生まれた。

 だが、これで終わりではない。環境が変われば、ハサミの用途もまだまだ変わる可能性がありうる。常識などないのだ。(法政大学経営学部教授)

西川英彦(2014)「ハサミに見る常識の罠 ― 『紙を切る』前提を疑う(西川英彦の目)」『日経産業新聞』2014年4月3日付け、p.15.